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DOPE増殖プロセス

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この年表を見ると、どうして びん子がDOPEを応援しているのか、StreetPrideの中にDOPEのサイトが作られているのか…
そこも同時に理解してもらえると思います。接点は、blacktopさんでした。
DOPE年表(敬称略)
1994年
blacktopが、小6(12歳)の時から一人で足立ストバスコートに通い始める。(中学でバスケ部入部を考えていた為。)2003年現在20歳なので、8年前。生粋の足立コートっ子である。
1999年
DOPE創立メンバー6人(英、RINDA、blacktop、yes-o、直生、仁志) の内の3人(yes-o、直生、仁志)が初めて足立のコートに行ったのが、仁志が17歳だった1999年。

だいたい土曜の夜にコートに通っていたが、yes-oの仕事が夏になると土曜日休みじゃなくなるので、日曜日の昼間にコートに行くようになる。その時に、【龍】という文字がドーン!とプリントされたTシャツを着たblacktopが現われる。それ以来、blacktopのことを【龍T】と呼ぶようになる。

その頃は3人の他に、コートによく来ていた他の学校の奴らを3人で結構ボコッていた(もちろんバスケで)。そこへ龍Tが現れて、『アイツうまいじゃん…』『2on2やろーよ。』と、直生が誘って 一緒にプレイするようになる。
2000年
英がDOPE no.3のコウチャンと二人で、1ヶ月間かけてアメリカ一周旅行に行く。(四回警察に捕まりアリゾナで手錠。カナダにも間違えて入国。本当に色々有りました…)
ニューヨークに立ち寄った時に、偶然見つけてバスパンを買って帰国。広大なアメリカを見て、『俺って、なんてちいせぇ…。』と思った。
学生時代バスケしていて、途中やめていたけれど、その経験を活かして、またバスケをし始める。

英とRINDA、バイト先(引越し屋)で知り合う。
2001年
RINDAが最初に足立コートを見つけて、『良いコート見つけたよ!』と英とリョーヘイを誘って通うようになる。

直生が中心となって、みんなと連絡を取るようになる。この時の直生の貢献度が、その後のDOPE発足に繋がったと言っても過言ではない。点と点を繋げる役目を率先しておこなっていたので。

英が、埼玉県 三郷(みさと)の体育館の練習に来るように皆を誘う。yes-o、直生、仁志は、最初 海(サーフィン)を優先させていたので、本格的に三郷の練習に行き始めたのは2002年くらいから。なぜ三郷かというと、英の実家が三郷だから。その後いつでも足立コートに すぐ行ってバスケ出来るようにと、足立コートのすぐ近くに一人暮らしするようになる。これがプロフィールの【埼玉&東京】のワケ。
2002年
秋頃、DOPE結成(英の独断でDOPEに決定)&ユニフォーム作成。ユニフォームを作ったきっかけは、DOPE代表お得意の【ノリ】で…。

9月 【Street Pride】開設。ほどなくしてblacktopが訪れて、びん子と知り合う。コネではなくて、検索してさがしてサイトに訪れてくれた人 第一号という、びん子にとって大切な存在である。2ヶ月遅れでナオキングも訪れて、blacktopともサイトを通じて知り合う。

12月 StreetPrideを通じて、FEBと知り合う。
2003年
1月 blacktop・ナオキング・びん子が、幕張ストバスコートにて初顔合わせする。サイトでMoveを動画にて説明するために、3人で相談しながら試行錯誤する。

5月 【Hoop in the Hood vol.1】開催。ナオキングと びん子が応援に掛けつける。ここで、英と びん子も初めて顔合わせする。

6月 blacktop・ナオキングが、StreetPrideにてMoveモデル・デビュー。その後、英も加わる。

7月 【Hoop in the Hood vol.2】雨天のため、中止。FEBも参戦する予定で、コートまで来てもらっていた。
7月 StreetPrideを通じて、Team Sと知り合う。
7月 StreetPrideを通じて、Sauceと知り合う。

8月 NIKE主催【バトルグラウンド】 at パシフィコ横浜(3日間)に、英・RINDA・blacktopらが参加。この時、FEBやTeam S、Team FlowなどがNIKEチームとして出演していた。
8月 ASW Crew主催【オールスターウィークエンド】 at 渋谷AXに、英・RINDA・blacktop・ナオキングらが参加。
8月 Sauce主催【Sauce vol.1】 at 西葛西に、英・RINDA・blacktopが参加。

9月 【Hoop in the Hood vol.3】開催。FEBも参戦し、また事前にサイトでもチーム募集したり、宣伝をしていたので、おかげ様で 多くのギャラリーと楽しいひとときを過ごす事が出来た。その後の掲示板での反響も、良くも悪くも凄かった。中田・ナオキング・リョーヘイがDOPEに正式加入。デビューを果たす。

10月 Sauce主催【Sauce vol.2】 at 西葛西に、英・blacktop・ナオキング・yes-o・リョーヘイが参加。
10月 DOPE第二のスタート地点。
最初DOPEというチームは、みんなが気軽に集まってストバスするチームだった。
しかしHoop in the Hoodの回を重ねるごとに、もっと自分達も強くなりたい、勝ちたい!と真剣に思うようになり、ハードな練習を続けるようになり、2003年11月初めての公式戦に出るようになる。

チームの方向性が違って来たという理由でチームを去る者も出て来た。
それはチーム代表の英には凄くつらかったが、『自分達が前進して行く為に仕方ない事、チームを去ったとしても俺らが友達だと言う事に変わりは無いから…。』と自らに言い聞かせ、前に進んでいる最中である。

11月 Team Sの練習に、英・RINDAらが参加する。
11月 初めての公式戦を体験。
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